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04

Oct. 2021

スペシャリストに学ぶ

子育てを楽しむために私がやめたこと

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子育てを楽しむ母でありたい!誰もが強く思うだろう。
それは自分にとって幸せを多く感じられる瞬間であり、子どもにもいい影響を与えられる。
『母が笑顔なら子も笑顔』である。

 

さて、私事ながらよく人に「子育て楽しんでますね」と言っていただくことが多く、あえてなぜ言われるのだろう?と不思議に思ったのだが、子育てを楽しむために私がやめたことがある。

それは【理想を持たない】である。

 

子どもにとって素敵な自慢の母でありたいと願うのはしごく当たり前のことであり、家族みんなが楽しい毎日を過ごせたならば…最高だ。
だが理想はどこまでも美しく、だからこそ儚い。
ふとあるとき鏡の前に立ち、日々の子育てで疲弊した自分の姿に愕然とし、理想と現実のギャップに大きなため息をつくのである。

 

私には6歳と2歳の息子がいる。
畳半畳に収まるほどにおとなしかった長男は弟ができたことでオモチャを力いっぱい取り合うことを覚え、「オギャァー!」と院内に鳴り響く産声とともに誕生した次男はそれはもう絵に描いたようなヤンチャで、つい最近では走り回ってスーパーで迷子になり、お惣菜コーナーでちくわを手に持った状態で発見された。

 

子育てとはなかなか面白いもので、日々新たな発見がある。

 

ただその発見を細分化する時間はなく次から次へと続くので、処理が追い付かないこともしばしば…。恐竜の化石発掘に例えるならば、骨が出土しすぎていっぱいになり、どの骨がどの恐竜のものだったのかわからなくなるという感じだろうか…最近家の中がジュラシックパーク化しているので脳がジュラ紀と白亜紀を行き来している(笑)

 

ではそんな日々を送る私の状態はというと『子育ては楽しい』しかない。
もちろん寝不足になったり体力勝負でガソリンチャージが必要になることもある。
でもやっぱり楽しめているのだ!

 

子どもと一緒にお外遊び

 

人は理想が高ければ高いほどそれに応えられない自分、応えてくれない子どもに対して不満に思う。
それは理想という欲の尽きないふわふわした雲を掴むかのようで、そんなものに振り回されていては身が持たないのだ。
理想の母になること、息子たちに対しても理想の子ども像を追わないことで、いい意味で諦めがつくと怒る気にもならなくなる。
つまりストレスフリーが叶うわけだ。

 

そもそも自慢の母になるだなんておこがましい、私が母をしているのだからこんなもんでしょう!
と開き直れると楽である。
楽しむとは『楽(らく)』であること。楽でないと楽しめないのだから、もっと気持ちを楽に、気楽にいこうではありませんか。

 
 

とはいえ、ある新聞社の調査では子育てが楽しいと答えた母は93%を超えたとのことで、暗いニュースもある中、日本の未来は明るいものであろうと期待せずにはいられない。

 
 

今しかない愛しい時間、気楽に気楽に…

 
 

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ダリア農家の後継者として株式会社ダリアジェンヌ 代表取締役を務め、地元宝塚市のナビゲーターとして
市のイベントPRをされるなどご活躍。

 

農村地ダリアの里に生まれ、17歳のときに宝塚音楽学校に合格。19歳で初舞台を踏む。

 

退団後は上京し介護福祉士として現場に勤務。
結婚を機に帰郷し故郷の過疎化にショックを受けたことで、地域特産のダリアの花や球根を活用した宝塚ブランドを立ち上げる。
現在 2 歳と 6 歳になる男児の母親として、子育てを行いながら仕事を両立させている。

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